「最近、階段を上るだけで息が切れる」「足腰が弱くなって外出がおっくうになった」「夜中に何度もトイレで目が覚める」――加齢とともに、こうした体力の衰えを実感する場面が増えてきます。「年だから仕方ない」と諦めてしまう方も少なくありませんが、漢方薬によるアプローチで体調を整えられる可能性があることをご存じでしょうか。
漢方医学では、加齢に伴う心身の衰えを「腎虚(じんきょ)」という概念で捉えます。腎とは、西洋医学でいう腎臓だけでなく、生命エネルギーの根本を司る臓器として位置づけられています。この腎の力が弱まると、体力の低下、骨や関節の衰え、頻尿、耳の聞こえにくさなど、さまざまな不調が連鎖的に現れるとされています。
近年、医療・介護の現場で注目されている「フレイル(虚弱)」という概念がありますが、漢方のアプローチはこのフレイル予防にも通じるものがあります。フレイルとは、健康な状態と要介護状態の中間にあたる段階で、筋力低下・疲労感・活動量の減少などが特徴です。漢方薬で気(エネルギー)や血(栄養)を補い、体の土台から立て直すことが、フレイルの進行を防ぐ一助になると考えられています。

漢方医学が考える「老化」と「腎虚」の関係
漢方医学では「腎は精を蔵す」という考え方があります。ここでいう「精」とは、生まれ持ったエネルギーの源のようなもので、成長・発育・生殖・老化のすべてに関わるとされています。加齢とともに腎精が減少すると、骨がもろくなる、白髪が増える、足腰が弱くなる、記憶力が落ちるといった変化が現れるという考え方です。
また、高齢者に多い「気虚(ききょ)」も重要な概念です。気虚とは、体を動かす基本的なエネルギーが不足した状態のことで、食欲不振、息切れ、疲れやすさ、声が小さくなるといった症状として現れます。胃腸の働きが弱まり、食事から十分な栄養を吸収できなくなることで、さらに体力が低下するという悪循環に陥りやすいのが特徴です。
こうした腎虚や気虚の状態を見極め、不足しているものを補うのが高齢者向け漢方治療の基本的な考え方になります。
高齢者の体力低下・フレイル予防におすすめの漢方薬
高齢者の漢方薬選びでは、現在の体力レベル、胃腸の状態、具体的な症状(頻尿・冷え・むくみなど)を総合的に考慮することが大切です。自己判断が難しい場合は、漢方に詳しい医師や薬剤師に相談しましょう。
八味地黄丸(はちみじおうがん)――加齢に伴う全般的な衰えに
八味地黄丸は、高齢者向け漢方薬の代表格ともいえる処方です。「腎」を補う薬として古くから用いられており、「老化には八味丸」という言葉が漢方の世界では広く知られています。
主な構成生薬は、地黄(じおう)・山茱萸(さんしゅゆ)・山薬(さんやく)・沢瀉(たくしゃ)・茯苓(ぶくりょう)・牡丹皮(ぼたんぴ)・桂皮(けいひ)・附子(ぶし)の8種類です。腎を温め、全身のエネルギーを底上げする作用が期待されます。頻尿や夜間尿、腰痛、足腰の冷え、かすみ目といった加齢に伴う諸症状に幅広く用いられます。
ただし、胃腸が極端に弱い方には合わない場合もあるため、服用後に胃もたれや食欲低下を感じた場合は処方の見直しが必要です。
補中益気湯(ほちゅうえっきとう)――食欲低下・全身の倦怠感に
補中益気湯は「漢方の点滴」とも呼ばれ、気を補い、胃腸の働きを立て直すことで全身の元気を取り戻す処方です。「中」とは胃腸のことを指し、胃腸を元気にすることで体の中心からエネルギーを生み出そうという発想に基づいています。
食欲がない、体がだるい、声に力がない、すぐ横になりたくなる――こうした「気虚」の典型的な症状に適しています。また、フレイル予防の観点からも注目されており、ツムラの漢方ビューでもフレイルと漢方の関連が紹介されています。
牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)――むくみ・しびれ・腰痛が強い方に
牛車腎気丸は、八味地黄丸に牛膝(ごしつ)と車前子(しゃぜんし)を加えた処方で、水分代謝の改善効果がさらに強化されています。足のむくみがひどい、しびれがある、腰から下の痛みが強いといった症状に適しています。
糖尿病に伴う末梢神経の不調や、腎機能の低下に伴うむくみなどに用いられることもあります。八味地黄丸では効果が不十分と感じる場合に、こちらの処方が検討されることがあります。

人参養栄湯(にんじんようえいとう)――心身の衰え・意欲低下に
人参養栄湯は、気と血の両方を補う処方で、体だけでなく精神面の衰えにもアプローチできるのが特徴です。全身の倦怠感、息切れ、不眠、食欲不振に加え、意欲の低下や物忘れが気になる方に用いられることがあります。
近年の研究では、認知機能への影響についても検討が進められており、高齢者医療において注目度が高まっている処方の一つです。病後や手術後の体力回復にも処方されることがあります。
麻子仁丸(ましにんがん)――高齢者の便秘に穏やかなアプローチ
高齢者に多い「コロコロした硬い便」の便秘に適した処方です。腸を潤す作用が中心で、センナや大黄主体の強い下剤とは異なり、穏やかに排便を促します。長期間にわたって使いやすい点も高齢者にとってのメリットです。
ただし、もともと軟便気味の方や下痢をしやすい方には向きません。便秘のタイプに応じた漢方選びが大切です。
高齢者が漢方薬を使うときに知っておきたいこと
高齢者は肝臓や腎臓の機能が低下していることが多いため、漢方薬であっても副作用のリスクを考慮する必要があります。特に複数の薬を服用している場合は、必ず医師や薬剤師に相談してから始めましょう。
飲み方の基本
漢方薬は食前(食事の30分前)または食間(食後2時間程度)に、白湯で服用するのが基本です。顆粒タイプの場合は白湯に溶かして飲むと吸収がよくなるとされています。胃が弱い方は食後の服用でも構いません。
甘草(かんぞう)の重複に注意
多くの漢方薬に含まれている甘草という生薬は、複数の処方を併用すると摂取量が過剰になり、「偽アルドステロン症」と呼ばれる副作用を引き起こすことがあります。むくみ、血圧上昇、手足のだるさ・しびれといった症状が出た場合は、すぐに服用を中止して医療機関を受診してください。
西洋薬との併用について
高齢者は高血圧や糖尿病などの持病で複数の西洋薬を服用しているケースが多く見られます。漢方薬との相互作用が問題になる場合もあるため、現在服用中の薬をすべてお薬手帳に記録し、医師・薬剤師に確認してもらうことが大切です。

日常生活でできるフレイル予防の養生法
漢方薬の効果を最大限に引き出すためには、日々の生活習慣も大切です。漢方医学では「養生(ようじょう)」といって、薬に頼るだけでなく生活全体を整えることを重視します。
適度な運動を習慣にする
散歩やストレッチなど、無理のない範囲で体を動かす習慣をつけましょう。筋力の維持はフレイル予防の要です。1日15分程度の歩行から始めるのがおすすめです。
タンパク質を意識した食事
高齢になると食事量が減りがちですが、筋肉や血液の材料となるタンパク質は意識して摂りたい栄養素です。肉・魚・卵・大豆製品をバランスよく取り入れましょう。1食あたり片手の手のひら分のタンパク質食品を目安にするとわかりやすいです。
社会的なつながりを保つ
外出の機会が減り、人との会話が少なくなると、心身の活力が低下しやすくなります。趣味の集まりや地域の活動に参加するなど、社会とのつながりを保つことも広い意味でのフレイル予防といえます。
漢方薬はどこで手に入る?
漢方薬を入手する方法は主に2つあります。1つは病院で医師に処方してもらう方法で、この場合は健康保険が適用されるため費用を抑えられます。もう1つはドラッグストアで市販の漢方薬を購入する方法です。
市販の漢方薬は手軽に購入できる反面、医療用と比べて有効成分の量が少ないことが一般的です。まずは市販薬で試してみて、効果が物足りなければ漢方に詳しい医師の診察を受けるのも一つの方法です。日本東洋医学会の専門医検索で、お近くの漢方専門医を探すことができます。
よくある質問
Q. 高齢者向けの漢方薬はどのくらいで効果を実感できますか?
症状や体質によって異なりますが、頻尿や冷えなどの比較的わかりやすい症状は2〜4週間で変化を感じる方もいます。体質改善を目的とする場合は、1〜3ヶ月程度の継続が一般的な目安です。3ヶ月以上続けても変化がなければ、処方の見直しについて医師に相談しましょう。
Q. 市販の漢方薬と病院の漢方薬はどう違いますか?
基本的な成分構成は同じですが、病院で処方される医療用漢方薬は有効成分が満量(フルドース)で、健康保険が適用されます。市販薬は有効成分の量が少ない場合があるため、効果の実感に差が出ることがあります。
Q. 複数の漢方薬を同時に飲んでも大丈夫ですか?
漢方薬の併用は可能な場合もありますが、甘草などの生薬が重複して過剰摂取になるリスクがあります。自己判断で複数の漢方薬を組み合わせることは避け、医師や薬剤師の指導のもとで服用してください。
Q. 漢方薬に副作用はありますか?
漢方薬にも副作用はあります。甘草による偽アルドステロン症(むくみ・血圧上昇)、麻黄による動悸・不眠、附子による口のしびれなどが知られています。体調に異変を感じたら服用を中止し、医療機関に相談してください。
参考情報: 漢方ビュー|フレイルと漢方
参考情報: 厚生労働省|高齢者の健康
参考情報: ツムラ漢方薬一覧



