出産は大仕事です。産後は体力の大幅な消耗に加えて、慣れない育児による睡眠不足、ホルモンバランスの急激な変化と、心身ともに大きな負担がかかる時期です。
「疲れが取れない」「髪が抜ける」「気分が沈む」「むくみが取れない」。こうした産後の不調は、体が出産前の状態に戻ろうとする自然な過程でもありますが、つらい症状を我慢する必要はありません。
漢方医学では産後の体を「気血両虚(ききょうりょうきょ)」の状態、つまりエネルギーと血の両方が大きく消耗した状態と捉えます。失った気と血を補い、体の回復を穏やかにサポートするのが漢方のアプローチです。

漢方から見た産後の不調の種類
産後の不調はさまざまですが、漢方の視点ではいくつかのパターンに分けて考えます。
気血両虚(体力・血液の消耗)
出産で大量のエネルギーと血を失った状態です。強い倦怠感、貧血、めまい、食欲不振などの症状が見られます。母乳の出が悪い場合もこのタイプに含まれることがあります。産後最も多い体質パターンとされています。
瘀血(血の巡りの悪さ)
悪露(おろ)の排出が遅い、下腹部の痛みが続く、肌のくすみやシミが目立つといった症状が特徴です。出産で子宮に残った古い血が停滞している状態とされ、血の巡りを改善する処方が用いられます。
肝鬱気滞(ストレス・精神的不調)
イライラ、不安、気分の落ち込み、涙もろくなるなど精神的な不調が目立つタイプです。ホルモンバランスの急激な変化に加え、育児のプレッシャーや睡眠不足がストレスとなり、気の巡りが滞っている状態とされています。産後の抜け毛もこのタイプに関連することがあります。
産後の体調が気になる方におすすめの漢方薬5選
授乳中の場合は、赤ちゃんへの影響を考慮する必要があります。自己判断で漢方薬を服用せず、必ず医師や薬剤師に授乳中であることを伝えた上で相談してください。
1. 芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)
産後の体調回復に古くから用いられてきた代表的な処方です。気と血の両方を補いながら、瘀血を改善する働きがあるとされています。産後の全身倦怠感、悪露の停滞、精神的な不安定さなど、幅広い産後の不調に対応する処方です。
子宮の回復を促し、悪露の排出をスムーズにする作用があるとされ、母乳分泌のサポートにも用いられることがあります。産後の「万能薬」的な位置づけで、まず最初に検討されることの多い処方です。
2. 十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
産後の著しい体力低下に用いられます。「十全」の名のとおり10種類の生薬が配合され、気と血の両方を強力に補う処方です。
出産後の貧血がひどい、食欲がなく体重が戻らない、母乳の出が悪いといった消耗が激しい状態に処方されることが多いです。手術(帝王切開)後の体力回復にも使われることがあります。
3. 加味逍遙散(かみしょうようさん)
産後のイライラ、不安、気分の落ち込みなど精神的な不調に用いられます。ホルモンバランスの急激な変化によるメンタル面の揺れに対応する処方です。
産後うつの兆候がある場合にも補助的に処方されることがあります。ただし、症状が重い場合は漢方薬だけで対処しようとせず、産婦人科や心療内科の受診を優先してください。授乳中でも比較的安全に使えるとされていますが、必ず医師に確認してください。

4. 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
産後の冷え、むくみ、貧血が気になる方に用いられます。血を補いながら水分代謝を改善し、冷えとむくみを同時にケアする処方です。
やせ型で冷え性、顔色が悪い方に適しているとされます。産後の足のむくみがなかなか引かない方にも処方されることがあります。穏やかな処方で、授乳中にも用いられることがある漢方薬です。むくみ向けの漢方薬は以下の記事でも紹介しています。

5. 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
産後の疲労感が強く、気力が出ない方に用いられます。胃腸の機能を高めて栄養の吸収を改善し、全身のエネルギーを底上げする処方です。
「食べているのに力が出ない」「朝起きられない」「声に力がない」といった症状があるときに処方されます。産後の「気力低下」に特に適しているとされ、育児に追われて自分のことが後回しになりがちな方をサポートします。
症状別の漢方薬の選び方まとめ
産後の不調は多岐にわたるため、どの漢方薬を選べばいいか迷う方も多いでしょう。主な症状別に整理します。
全身の疲労感、悪露の停滞、精神的な不安定さなど複数の産後症状がある場合は、まず芎帰調血飲が候補になります。産後の「万能薬」的な位置づけで、幅広い症状に対応できる処方とされています。
貧血がひどい、食欲がない、体力の消耗が激しいという場合は、十全大補湯でしっかり気血を補う方法が取られます。帝王切開後の体力回復にも用いられることがあります。
イライラ、不安、気分の落ち込みなどメンタル面の不調が主な場合は加味逍遙散が適しているとされます。ただし、症状が重い場合は漢方薬だけで対処しようとせず、医療機関の受診を優先してください。
冷え、むくみ、貧血が中心の不調には当帰芍薬散、疲労感と気力低下が目立つ場合には補中益気湯と、症状の中心に合わせて処方を選ぶのがポイントです。産婦人科や漢方外来で相談すると、授乳中の安全性も考慮した上で最適な処方を選んでもらえます。
産後の回復を助ける生活の工夫
産後1ヶ月は「産褥期」と呼ばれ、体が回復する大切な期間です。家事や外出は最小限にし、できるだけ体を休めましょう。
漢方薬を飲みながら、生活面でも体の回復を意識することが大切です。
食事は特に「血を補う食材」を意識して摂りましょう。レバー、ほうれん草、小松菜、赤身の肉、プルーン、なつめなどが血を補うとされています。温かいスープや煮込み料理は消化にも優しく、体を温めてくれます。鶏のスープは漢方でも産後の回復食として古くから推奨されています。
「気」を補う食材も重要です。山芋、かぼちゃ、さつまいも、大豆製品、きのこ類は胃腸の機能を高め、エネルギーを補うとされています。産後は消化力が落ちていることも多いため、よく煮込んだ柔らかい料理が適しています。
産後の抜け毛は多くの方が経験するもので、通常は産後半年から1年程度で落ち着くとされています。頭皮を清潔に保ち、バランスの良い食事を心がけることが大切です。特に鉄分、亜鉛、タンパク質は髪の健康に欠かせない栄養素です。
気分の落ち込みについては、一人で抱え込まないことが何より重要です。パートナーや家族に助けを求める、自治体の産後サポートを利用するなど、周囲の力を借りましょう。産後ケアセンターや産後ドゥーラなど、専門的なサポートサービスも増えてきています。産後2週間以上気分の落ち込みが続く場合は、産後うつの可能性もあるため医療機関に相談してください。
授乳中に飲める漢方薬についてはこちらの記事で詳しく解説しています。



産後の体調について詳しくはアキュラ鍼灸院の解説も参考になります。また、産後の不安は日本産婦人科医会のサイトでも情報が得られます。
漢方薬を使う際の注意点
漢方薬は食前または食間(食後2時間程度)に白湯で飲むのが基本です。育児で忙しくタイミングが合わない場合は、食後に服用しても構いません。
授乳中の漢方薬の使用は、多くの処方で比較的安全とされていますが、赤ちゃんへの影響を完全に否定することはできません。必ず医師や薬剤師に授乳中であることを伝えてから服用を始めてください。
漢方薬にも副作用はあります。甘草を含む処方では偽アルドステロン症(むくみ、血圧上昇)が起こる可能性があります。体調に異変を感じたら服用を中止し、医師に相談してください。産後は体調が変化しやすい時期なので、漢方薬を飲んで体調に違和感を覚えた場合は自己判断せず、速やかに専門家に相談しましょう。


よくある質問
📦 この記事で紹介した商品
Q. 産後いつから漢方薬を飲めますか?
出産直後から服用できる処方もあります。芎帰調血飲は産後すぐに用いられることも多い漢方薬です。ただし、医師に相談してから始めてください。
Q. 授乳中でも漢方薬は飲めますか?
多くの漢方薬は授乳中でも比較的安全とされていますが、処方によっては注意が必要なものもあります。必ず医師や薬剤師に授乳中であることを伝えてください。
Q. 産後の抜け毛に漢方薬は使えますか?
産後の抜け毛は気血の消耗が関わっているとされ、十全大補湯や当帰芍薬散で体質改善を図ることがあります。ただし、産後の抜け毛は一過性のものが多く、通常は半年〜1年で落ち着くとされています。
Q. 産後の気分の落ち込みがひどいのですが?
加味逍遙散や帰脾湯などが用いられることがありますが、2週間以上気分の落ち込みが続く場合は産後うつの可能性があります。漢方薬だけで対処しようとせず、産婦人科や心療内科を受診してください。
Q. 漢方薬はどこで買えますか?
ドラッグストアで市販品を購入できるほか、産婦人科や漢方外来で保険適用の処方を受けることもできます。日本東洋医学会の専門医検索で漢方に詳しい医師を探すこともできます。


