夜になっても頭が冴えて眠れない、些細なことでカッとなってしまう、歯ぎしりがひどい。こうした「神経の高ぶり」に関する悩みを抱えている方は少なくありません。
そんな症状にアプローチする漢方薬として注目されているのが、抑肝散(よくかんさん)です。名前の通り「肝を抑える」という意味を持ち、漢方医学における「肝」の気の高ぶりを鎮める処方です。近年では、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)への活用でも大きな注目を集めています。
この記事では、抑肝散の構成生薬、活用シーン、正しい飲み方、副作用、類似処方との違いまで詳しくご紹介します。

抑肝散とは?基本情報と漢方的な考え方
抑肝散は、漢方医学における「肝」の機能に着目した処方です。漢方での「肝」は西洋医学の肝臓とは異なり、感情のコントロールや自律神経の調節に関わる機能を指します。ストレスなどで「肝」が高ぶると、イライラ、怒り、不眠、筋肉のけいれんなどの症状が現れるとされています。
医療用漢方薬としてはツムラ54番として知られ、神経症、不眠症、小児の夜泣きなどに保険適用で処方されます。近年では認知症のBPSD対策としても広く使用されており、医療現場での存在感が増している処方です。
体力が中程度からやや虚弱で、神経が高ぶりやすい方に適しています。怒りっぽい、イライラする、眠りが浅い、筋肉がピクピクする、歯ぎしりがあるといった症状がある方が使用の目安です。
抑肝散を構成する7種類の生薬
抑肝散は7種類の生薬で構成されています。「肝」の高ぶりを鎮め、血を補い、気の巡りを整えるバランスの良い処方です。
釣藤鈎(チョウトウコウ)
抑肝散の中心的な生薬で、「肝」の気の高ぶりを鎮める働きがあるとされています。頭痛やめまい、けいれんなどの症状にも用いられる生薬です。
柴胡(サイコ)
「肝」の気の巡りを改善し、イライラや精神的な緊張を和らげます。多くの漢方処方に配合される重要な生薬です。
当帰(トウキ)・川芎(センキュウ)
血を補い、巡りを良くする生薬です。漢方では血が不足すると「肝」が栄養を失い、さらに高ぶりやすくなると考えます。この2つの生薬が血を補うことで、「肝」を落ち着かせる基盤を作ります。
蒼朮(ソウジュツ)・茯苓(ブクリョウ)・甘草(カンゾウ)
胃腸の機能を整え、余分な水分を除く生薬です。体全体のバランスを整え、他の生薬の働きをサポートします。甘草は各生薬の調和役も担っています。
抑肝散が用いられる主な症状と活用シーン
イライラ・怒りの鎮静
些細なことで怒りっぽくなる、感情のコントロールが難しい、キレやすくなったという方に用いられます。仕事のストレスや人間関係の問題で常にイライラしている方、更年期でイライラが増した方にも処方されます。
不眠・睡眠の質の低下
神経が高ぶって寝つけない、夜中にイライラで目が覚める、眠りが浅いといった不眠症状に用いられます。睡眠薬と異なり、依存性がない点が大きなメリットです。眠剤を減らしたい方のサポートとして処方されることもあります。
認知症のBPSD(行動・心理症状)
認知症に伴う興奮、暴言、幻覚、攻撃性、不眠などの周辺症状(BPSD)に対して、複数の臨床研究で有効性が報告されています。抗精神病薬と比べて副作用が少なく、高齢者に使いやすいことから、介護現場でも広く用いられるようになりました。
特にレビー小体型認知症の幻視に対する効果の報告もあり、認知症のタイプに応じた使い分けが進んでいます。

子供の夜泣き・かんしゃく
小児の夜泣き、かんしゃく、チック症状にも古くから用いられてきた処方です。漢方には「母子同服」という考え方があり、子供と一緒にお母さんも抑肝散を服用すると効果が高まるとされています。お母さん自身のイライラが落ち着くことで、子供の症状も和らぐという考え方です。
神経症・チック・筋肉のけいれん
まぶたのピクピクする症状、手足のふるえ、歯ぎしりなど、神経が過敏になることで起きるさまざまな症状に用いられます。筋肉の緊張を和らげ、体全体をリラックスさせる働きが期待されます。
更年期のイライラ・不安
更年期に伴うイライラや不安感にも抑肝散が処方されることがあります。特に怒りっぽさや攻撃性が目立つタイプの方には、加味逍遙散よりも抑肝散が適している場合があります。更年期の症状は個人差が大きいため、漢方に詳しい医師の判断を仰ぎましょう。
抑肝散の正しい飲み方
飲むタイミング
食前または食間に白湯で服用するのが基本です。顆粒の場合はお湯に溶かして飲むのが理想的とされています。不眠が主な悩みの場合は、就寝前に服用するケースもあります。
効果が出るまでの期間
イライラや不眠に対しては比較的早く効果を感じることがあり、数日から1週間程度で変化を感じる方もいます。体質改善目的の場合は2週間から1か月程度の継続が目安です。効果が見られない場合は、処方の見直しを医師に相談しましょう。
副作用と注意点
抑肝散は比較的安全性の高い漢方薬ですが、甘草を含むため長期服用には注意が必要です。以下の副作用に気をつけてください。
偽アルドステロン症
甘草に含まれるグリチルリチン酸の影響で、むくみ、血圧上昇、低カリウム血症(手足のだるさ、脱力感)が起こる可能性があります。特に高齢者や腎機能が低下している方、他の甘草含有薬を併用している方は注意が必要です。
間質性肺炎・肝機能障害
まれですが、発熱、咳、呼吸困難(間質性肺炎)や、黄疸、全身倦怠感(肝機能障害)が報告されています。これらの症状が出た場合はただちに服用を中止し、医療機関を受診してください。
長期服用時の注意
認知症のBPSD対策など長期間の服用が必要な場合は、定期的な血液検査で電解質(カリウム値)をチェックすることが推奨されます。3か月に1回程度の検査が目安です。医師と相談しながら服用を続けましょう。異常がなくても、漫然と飲み続けるのではなく、症状の変化に応じて処方の調整を行うことが大切です。
抑肝散と類似処方の使い分け
抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)との違い
抑肝散に陳皮と半夏を加えた処方です。胃腸が弱い方、吐き気がある方に適しています。高齢者で胃腸機能が低下している場合は、こちらが選ばれることが多いです。
加味逍遙散との違い
加味逍遙散はイライラに加えて、のぼせやほてりが強い方に適しています。抑肝散は怒りやすさ・攻撃性が前面に出ているタイプ、加味逍遙散は情緒不安定でのぼせるタイプという使い分けが一般的です。
柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)との違い
柴胡加竜骨牡蛎湯も不眠やイライラに用いられますが、こちらは比較的体力がある方向けの処方です。動悸が強い、驚きやすい、胸脇部が張って苦しいという症状が目立つ場合は柴胡加竜骨牡蛎湯が選ばれることがあります。体質の虚実の判断は医師に委ねましょう。
よくある質問
Q. 抑肝散はどんな人に向いていますか?
神経が高ぶりやすく、イライラや不眠に悩んでいる方に向いています。怒りっぽい、歯ぎしりがある、まぶたがピクピクするなどの症状がある方が特に適しています。体力が中程度からやや虚弱の方に処方されることが多いです。
Q. 認知症の家族に飲ませてもよいですか?
認知症のBPSDに対する効果が報告されていますが、必ず担当医の判断のもとで使用してください。自己判断での使用は避け、他に服用中の薬がある場合は薬の飲み合わせも確認しましょう。
Q. 抑肝散は睡眠薬の代わりになりますか?
睡眠薬のような即効性や強い催眠作用はありませんが、神経の高ぶりによる不眠であれば効果が期待できます。睡眠薬をやめたい方のサポートとして使われることもありますが、自己判断での睡眠薬の中止は危険です。必ず医師に相談してください。
Q. 市販と処方薬で効果に違いはありますか?
有効成分は同じですが、医療用は満量処方(フルドース)、市販薬は成分量が2/3から1/2程度のことが多いです。効果が物足りない場合は、医療機関での処方を検討しましょう。
Q. 子供に飲ませる場合の注意点は?
小児にも処方されることがありますが、年齢と体重に応じた用量の調整が必要です。必ず小児科の医師に相談してから使用してください。「母子同服」で一緒に飲む場合も、それぞれの用量を医師に確認しましょう。
Q. 抑肝散と抑肝散加陳皮半夏はどう違いますか?
抑肝散加陳皮半夏は、抑肝散に胃腸を保護する陳皮と半夏を加えた処方です。胃腸が弱い方やお年寄りには、こちらの方が胃への負担が少なく飲みやすいとされています。症状や体質に応じて医師が適切な方を選んでくれます。
Q. 抑肝散はペットにも使えますか?
犬や猫のシニア期の夜鳴きや興奮に対して、獣医師が抑肝散を処方するケースがあります。ただし、用量は動物の体重に合わせた調整が必要です。自己判断で人間用の漢方薬をペットに与えるのは危険なため、必ず獣医師の指導のもとで使用してください。

参考情報: クラシエ 認知症のBPSDと漢方薬
参考情報: アイシークリニック 抑肝散の効果と作用機序
参考情報: 漢方ナビ 認知症の周辺症状と漢方薬


